• 201708 « 
  • 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 
  • » 201710

[Edit]

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Pagetop

[Edit]

将来の夢

小学校の作文の「将来の夢」というお題が苦手だった。
大人になった今でも、「夢」というものにいまいちピンとこない。

将来について、あれこれ自由に思いをめぐらすのはいいと思う。
夢が目標となって、それに向かって自主的に歩みを進められる人間であれば。
でも、だいたいの人は、子どもの頃に無邪気に語った夢が実は実現不可能なものであることを知って諦めてしまったり、いきなり夢とかけ離れた現実的な進路の選択を迫られてやる気をなくしてしまったりなどするんじゃないか。
夢を持つ事はいいことだと言われておきながら、ある年齢から、もっと現実を見ろ、と言われる。
そりゃやる気もなくすってもんだ。

無責任に夢を語らせることよりも、自分の人生をどう作っていくのか、世の中にはどんな職業があるのか、自分にはどんな能力があってそれを活かすのはどんな職業かどんな働き方なのかを考えることを早い年齢から始めるのが必要だと思う。
日本全体で無邪気に夢を語ることができた高度成長期は、とっくの昔に終わってる。国民がとにかくがむしゃらに働いて、登り詰めていく時代ではない。
学校出たら自分に合う合わない関係なく就職して、在籍しているだけで給料が上がっていくとか、一生勤め上げたら退職金もたっぷりもらえるような、会社に守られる働き方はできない。
時代も変わって雇用形態も変わっているのに、社会全体の働くことへの価値観が変わっていないから、それを押し付けられる若い人が着いていけなくて早期退社しちゃうのかもしれない…。
一人一人が自分の人生をデザインするスキルを身につければ、一般的な働き方に振り回されず、もっと楽に人生を送ることができるんじゃないかな。過労死とか、会社勤めでウツとか自殺とか、気の毒だしバカバカしい。

職場の先輩が「究極は、デザイナーなんて職業がなくなればいいと思ってるんだよ」と言った。
どういうことだ! と思ったら
「例えば工業製品なら、部品作る人、側を作る人、組み立てる人、製品を売るための戦略を考える人。それぞれの分野でデザイン出来る人が作れば一貫性が生まれるし、効率も良くなるし、デザインにお金かける必要もないから経費も削減できる」
そして、買う側の人間にもデザイン能力=質のいいものを見分ける目 があれば、粗悪なモノが減っていくんじゃないかと。

食品の虚偽表示が話題になっているけど、消費者側においしいものを判断できる感覚とか、味と値段のバランスを判断できる知識や経験があれば、虚偽の情報に惑わされずに済む。
そもそも、ブランド品が全ての人にとって絶対にいいものかっていうと、そういうわけではない。
例えば高級和牛。サシがたっぷり入って噛まなくても飲み込めるくらいの柔らかさではあるけれど、牛肉としておいしいかというと、小さい頃からアメリカンビーフの固まりを食べて育った私には、あれは牛肉ではないと感じられる。一切れ食べて飽きる。ぎゅっと噛んで、牛ならではの旨味がじゅわ〜っと広がるのが牛肉の醍醐味だというのが、私の価値観なので。

さらに、私はルイ・ヴィトンはそれほど好きではなくて(確かに質のいいものではあるだろうし、私にまだその価値がわからないだけだと思うが)、ヴィトンだけでなくコーチとかグッチとかの、ブランドを象徴するプリントとかテキスタイルが苦手。ブランドを示す表示は「これどこの?」くらいのひっそりしたのがいいんです。パッと見てどこのブランドのかわかるものを使うのが、ものすごく恥ずかしい。
でも、ある人は「ブランド品はパッと見てどこのかわからないと意味がない。ブランド品って自分はこういうものを身につけられるくらいの人間だっていうことを表すものでしょ」と言っていた。
なるほどねぇ〜とかなり目からウロコが落ちました。私にはそういう価値観はなかったので。でも、それが世の中の多くの人の価値観なんだろうし、だからこそ虚偽表示やパチもんが成立するんだろう。

確かに、ブランドは長く続いた信用に基づく価値を表すものだけれども、それが自分にとっていいものかを判断するのは、自分の価値観と、値段と質のバランスを計る能力だ。
自分がいいものだと思えば、どこのブランドかは関係なくなるだろうし、ノーブランドでも質がよくて気に入ったものなら自分にとっては価値のあるものになる。
みんなが使っているブランド品を持つのは安心なんだろうけど、裏を返せば私にはモノの良し悪しを自分で判断する価値基準がありません、と示しているようなものとも言える(自分がそれがいいと思って買ったならそれでいいんだけどさ)。

自分の価値観を身につけるのはけっこう大変だと思う。いちいち考えなくちゃいけないから。
で、モノに対していちいち考えることが、デザイン能力につながっていく。そう、デザイン能力って、生まれついて備わっているものではなく後天的に身につけるものなんだけど、だいたい勘違いされている。
「センスがあるからいいねぇ」とか。違うって。モノをみて、「これはどういう意図でつくられたのか」とか「なんでこの色、この形になったのか」とか、いちいち考えるから身に付いていくんです。
うちは手のかかる弟がいたし共働きだったから親に指図されることがあまりなくて、自分の頭で考えて判断する癖を小さい頃に身につけることができたんだと思う。さらに両親ともマイペースで流行に振り回されない人間だったので、みんながいいと思うものがいいものだという価値観が身に付かなかったんだろう。

デザインというのは、見た目をかっこよく整えることではなくて、自分の価値観を元に問題解決をしていくことだ(たぶんね)。そこには新しいモノ・ことを提案することも含まれる。
先輩が言っていたように、全ての人にデザイン能力、自分の価値観が備われば、みんながもう少し生きやすい世の中になるのかもしれない。

というわけで、夢のなかった私に、ほんのりと夢ができた。
一人一人が自分の価値観を持てるように、お手伝いしていきたい。
今の仕事を離れたら、今度は一般の人向けにそういうことができたらいいな〜と、ほんのりと考えています。

Pagetop

Comment

Post a comment

Secret

Pagetop


プロフィール

こけし

Author:こけし
イカとサバの街から冷麺とわんこそばの街に移り住んだ、アラフォーです。

最近の記事

最近のトラックバック

ブログ内検索

いろいろ

おいでませ


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。